最初のキスカへの出撃は、たのみの濃霧が晴れてきたため、中止&帰投を
決断した木村昌福(まさとみ)司令官ことショーフクさん(ニックネーム)。
米軍航空機によって、輸送船&護衛艦隊が壊滅的な打撃を受け、
自身も重傷を負った「ダンピール海峡の悲劇」の痛ましい体験も、多分決断した木村昌福(まさとみ)司令官ことショーフクさん(ニックネーム)。
米軍航空機によって、輸送船&護衛艦隊が壊滅的な打撃を受け、
頭の片すみにあっての決断であった様に、私は思うのでありますが・・・・・
しかし、貴重な燃料を消費し、手ぶらで帰ってきた艦隊及び司令官は当然非難の矢面にさらされる事に。「少々のリスクありとも突入すべし!」「臆病者!」「将兵を見殺しにする気か!」
これに、当のショーフクさんはまったく意に介さず、甲板から釣り糸を垂れたり、先任参謀と囲碁をさしたり、黙々と次の出撃の機会をひたすら待つのでありました。
濃霧という自然相手だけに、内心気が気じゃなかったと思いますが、まわりの動揺を避ける為かそういうそぶりをおもてに出さないショーフクさん。
そんなネバリの甲斐あって、ついに転機が訪れるのであります。
7月22日、濃霧発生の予報が出るや、その日に出撃。
途中、艦同士の衝突事故が起こるも、ショーフクさんは
「味方同士が衝突するんだから、霧は満点だ!」とか、言われたとか。
ポジティブな考え方ですね〜(^^)
結果、7月29日本日キスカ島に突入&5200名の将兵を速やかに収容。
一滴の血も流さずに成功した奇跡の作戦として後の世に伝わるのであります。
7月29日はたまたま補給の為、米軍艦艇がキスカ島周辺にいなかったから、
単に運が良かっただけという見方もある様ですが、その運もショーフクさんの
ネバリが呼び込んだ良運ではないかと私は思うのでありますが・・・・・

キスカ島に突入、撤収作戦中の軽巡「阿武隈」「木曽」を描いてみました。
3本煙突の真ん中は、確か白くカムフラージュしてたんですよね〜。

重巡「鈴谷」に乗艦していた時などのショーフクさんのエピソード。
撃破した敵船から、乗員がボートを降ろして退船するのを発見するや、
敵船の方向に向けて、狙い撃ち出来る砲&機銃手に向かって
「撃つな〜!撃っちゃいかん
しかし、貴重な燃料を消費し、手ぶらで帰ってきた艦隊及び司令官は当然非難の矢面にさらされる事に。「少々のリスクありとも突入すべし!」「臆病者!」「将兵を見殺しにする気か!」
これに、当のショーフクさんはまったく意に介さず、甲板から釣り糸を垂れたり、先任参謀と囲碁をさしたり、黙々と次の出撃の機会をひたすら待つのでありました。
濃霧という自然相手だけに、内心気が気じゃなかったと思いますが、まわりの動揺を避ける為かそういうそぶりをおもてに出さないショーフクさん。
そんなネバリの甲斐あって、ついに転機が訪れるのであります。
7月22日、濃霧発生の予報が出るや、その日に出撃。
途中、艦同士の衝突事故が起こるも、ショーフクさんは
「味方同士が衝突するんだから、霧は満点だ!」とか、言われたとか。
ポジティブな考え方ですね〜(^^)
結果、7月29日本日キスカ島に突入&5200名の将兵を速やかに収容。
一滴の血も流さずに成功した奇跡の作戦として後の世に伝わるのであります。
7月29日はたまたま補給の為、米軍艦艇がキスカ島周辺にいなかったから、
単に運が良かっただけという見方もある様ですが、その運もショーフクさんの
ネバリが呼び込んだ良運ではないかと私は思うのでありますが・・・・・
キスカ島に突入、撤収作戦中の軽巡「阿武隈」「木曽」を描いてみました。
3本煙突の真ん中は、確か白くカムフラージュしてたんですよね〜。
重巡「鈴谷」に乗艦していた時などのショーフクさんのエピソード。
撃破した敵船から、乗員がボートを降ろして退船するのを発見するや、
敵船の方向に向けて、狙い撃ち出来る砲&機銃手に向かって
「撃つな〜!撃っちゃいかん
ぞぉっ!」
ショーフクさんの、あまりにきびしい声に誰もがふりむき、鳴りをしずめたそうな。
あと、ミッドウェイ海戦にて、僚艦「三隈」と「最上」が敵制空権内にて衝突、大破。
旗艦「熊野」の命ワレニツヅケに従い、「鈴谷」も2艦を置き去りにして現場を去る。
しかし、ショーフクさんは突然
「われ、機関故障!」
と、旗艦に知らせ反転、僚艦の救助に向かった。
(当然、どこも故障などしていない)
ただ、この時の史実では駆逐艦が救助しており、ちょっと?な話ですが
その駆逐艦が米軍艦艇はいなかったのに「敵艦らしきもの見ゆ!」と報告
している所から、それは反転して戻ってきた「鈴谷」だったのかも知れませんが・・・・・
他にも、空襲の危険を顧みず、機関を停止して自ら双眼鏡で大破沈没した
僚艦の将兵の救助にあたったエピソードなどもありますね。
こういった話はむしろ戦後、米軍戦史研究家からも出てきたようで
当のショーフクさんは「それはオレじゃないよ」と、言い
家族も家では酒ばかり飲んでいる人で、全然知らなかったとか。
艦橋内では、怒声など聞いた事がない春風駘蕩のムードがある村長みたいな
和やかな司令官だったそうな。なんとなく親近感がわきますね〜(^^)
ショーフクさんの、あまりにきびしい声に誰もがふりむき、鳴りをしずめたそうな。
あと、ミッドウェイ海戦にて、僚艦「三隈」と「最上」が敵制空権内にて衝突、大破。
旗艦「熊野」の命ワレニツヅケに従い、「鈴谷」も2艦を置き去りにして現場を去る。
しかし、ショーフクさんは突然
「われ、機関故障!」
と、旗艦に知らせ反転、僚艦の救助に向かった。
(当然、どこも故障などしていない)
ただ、この時の史実では駆逐艦が救助しており、ちょっと?な話ですが
その駆逐艦が米軍艦艇はいなかったのに「敵艦らしきもの見ゆ!」と報告
している所から、それは反転して戻ってきた「鈴谷」だったのかも知れませんが・・・・・
他にも、空襲の危険を顧みず、機関を停止して自ら双眼鏡で大破沈没した
僚艦の将兵の救助にあたったエピソードなどもありますね。
こういった話はむしろ戦後、米軍戦史研究家からも出てきたようで
当のショーフクさんは「それはオレじゃないよ」と、言い
家族も家では酒ばかり飲んでいる人で、全然知らなかったとか。
艦橋内では、怒声など聞いた事がない春風駘蕩のムードがある村長みたいな
和やかな司令官だったそうな。なんとなく親近感がわきますね〜(^^)